2010年3月4日木曜日

オレンジ #11

32番のバスに乗り込んだ。しかし、日本と違い整理券のようなものはなく、どこから乗ったのか証明するものが一切ない。周りの人の動きも見たがみんな動きはない。乗客は黙って自由に好きな場所でお金を払わず降りていた。
私はイタリアのバスはタダなんだという認識をした。この国はなんて住民に優しい国なんだとこの国のあり方に感心していた。先程のメトロがどこまで乗っても1ユーロと安いから、バスがタダでもおかしくないと思い、ドンドン使おうと私の中で決定した。しかしこれには後ほど思わぬ落とし穴がある事を聞かされた。
無事にバス停を降りたがここでもいまいちマップをみてもわからない。
とりあえず歩こう。
YHを探し20分ぐらいさまよっただろうか。それらしい建物を見つける事ができた。中に入るとスタッフが誰もいない。ここは14時入室OKで私が到着したのが13時半だったため誰もいないのかもしれない。私は時間があったためYHの向かいあるバールで少し休む事にした。お腹が減っていたためピッツァを頼んだ。イタリアで始めて食べたピッツァは生地が固くて具がなかった。でもお腹がすいていた私にとってはすごくおいしく感じた。
軽く食事をすませ、時間になったためYHへと向かうと今度は2名のスタッフがいた。ピアスがめちゃくちゃ多いチャラチャラした兄ちゃんとサッカー選手にいそうな方だ。
私はこの兄ちゃん達と世間話をし手続きを済ませ、6人部屋のドミトリーである自分の部屋へと向かった。
私の部屋は23ROOMでこのYHの中で2番目に遠い部屋だ。部屋は前日のボロさとはまた違い、囚人の部屋のようだった。この部屋だけ冷房がかかっているのかと思うぐらい寒かった。
この部屋は誰一人として泊まっている気配がなかった。
一人でこの部屋にいるのはきついし、何も楽しみがない。このままでは駄目だと思い、部屋を出る事にした。
そう思いOTTAVIANOから比較的近いヴァティカンへと向かう事にした。本当は明日ゆっくり回ろうと考えていた場所だった。早速タダバスへと乗り込み移動した。バスでヴァティカンまでは乗り換えなしで行く事ができた。
バスを降りてしばらく歩いていくととてつもなく広い広場が目の前に現れた。
大きさを表現すると山門高校のグランドの4、5倍はあるだろうか。私の母校である山門高校のグラウンドを知っている人は数少ないだろうから別の物に例えよう。
瀬高中学校のグランドの・・・。悪ふざけはここまでにして、福岡ドームのグラウンドぐらいはある広場だ。
ローマに来てからは巨大な物に対しての感動の連続だった。都会の場所にこれだけ巨大な広場で巨大な建物がどんどん出てくる事に驚いていた。
しばらく広場を見渡しているとどんよりとした空から雨が降り出してきた。

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