2010年4月20日火曜日

シャッターアイランド

久しぶりに映画見て来ました。

この映画捉え方によってはかなりおもしろいです。
終わった後かなり話込みました。

まずは見て、語りましょう。

もう一度見たいです。


2010年4月19日月曜日

宇宙

宇宙はロシアのマトリョーシカ人形のように入れ子構造になっているのかもしれない。
最新の研究によると、私たちの住む宇宙は、別の大きな宇宙のブラックホール内部に埋め込まれている可能性があるという。同様に、私たちの宇宙のブラックホールも、極小サイズから大質量のものまですべて“別世界”につながる出入り口の可能性がある。
非常に衝撃的なこの新理論によれば、ブラックホールは宇宙と宇宙の間をつなぐトンネル。



2010年4月15日木曜日

オレンジ #22

この日はあいにくの雨だった。
前日、明日のためにとっておこう考えていたドゥオーモへまず向かった。
ドゥオーモの内部はやはり神秘的で言葉で表すのが難しい空間だった。
ドゥオーモは1296年に着工され175年の歳月をかけて完成し、典型的なイタリア・ゴシック様式を取り入れた建物だ。
天井のステンドグラスから光が差し込み、息を飲む美しさを放っていた。
私はヨーロッパへ来てこのステンドグラスの美しさに何度も魅了されていた。
このドゥオーモは町の中心になり目印にもなる。そして何よりも外観の美しさと迫力に目を奪われる。
その後、私は昨夜ナオさんが話していたお店へと向かった。
フィレンツェでもっとも古くからあるBARで1700年代から続いているお店だそうだ。
「GiLLi」というお店だ。「そこで一杯の赤ワインを飲んで見ろ。ワインへの価値観が変わる一杯になるかもしれないぞ。」
私はそう言われ、一杯のワインを目指しGiLLiへと向かった。昨夜行ったメリーゴーランドのあるPIAZZA DELLA REPUBBLICA広場だ。
ドゥオーモから歩いてすぐ到着した。外観はお菓子屋のようだ。
とりあえず中に入ってみる事に。
中に入るとスタッフは全員スーツを着ている。
今まで入ったとことは違い格式の高いBARのようだ。
私は昨夜一つだけイタリア語を習っていた。「一杯の赤ワインをください。」という言葉だ。
さっそくスタッフを呼びその言葉を言ってみた。
「ウン ビッケーソ ディ ビーノ ロッソ ベルガボローレ」
「・・・・。」
「ウン ビッケーソ ディ ビーノ ロッソ ベルガボローレ」
「・・・・。」
「ワイン。ロッソ」
「OK。」
どうやら私のイタリア語は通じていなかったようだ。
発音が悪いのか私が書き間違えたのか。無事赤ワインは出て来た。結果的に良しとしよう。
かっこ良く注文しようと思ったがそんなに甘くはなかった。
さっそく飲んで見ると、日本で頼む赤ワインのグラスとは違いとてもフルーティーで飲みやすくジュースのようだ。そして体の内側から熱くなるのを感じてくる。
私は地元民的な楽しみ方をしているのに嬉しさがこみ上げてきた。
その後、ワインでいい気分になりつつ、次にフィレンツェ最古の橋ポンテ・ベッキオへと向かった。

2010年4月14日水曜日

BULLET


最近愛用している財布。
バリスティックナイロン+レザーのコンビ。
カードと札。
シンプルで使いやすい。

2010年4月13日火曜日

オレンジ #21

ホテルに帰り部屋のドアを開けると、私のベッドに誰かいる。
まさかと思い一度外にでて部屋の番号を見た。いや、合っている。
私はベッドのシーツも敷いて準備しておいたのに空いていなかった。
しかし、普通この時間に誰か帰ってくるとは思わないだろう。私は真っ暗の中空いているベッドを探した。
すると、その時一人が起きて声をかけてきた。中国人か韓国人のようだ。
「この部屋の人ですか?」
「はい。」
私は部屋のキーを見せた。
すると彼は安心したかのように再び眠りについた。もう一人寝ていたのは女性だった。その子も同じアジア系のようだった。
カップルの部屋は気まずいなと思いながら、とりあえずベッドに横になる事にした。しかしブランケットがなかった。多分寒いから2人のどちらかが使っていたのだろう。
私は起こして取るのはさすがに申し訳ない、とりあえず何も無しで寝ようと思った。しかしやはり寒い。寒くて何度も目が覚めたが、なんとか凌いだ。
そして朝方になると二人が準備をしている音で目が覚めた。
その時私の体にはブランケットがかけられていた。起きた時に気づいてくれたのだろう。
私は朝一シャワーを浴びる事にした。シャワーを浴びると男性の子が
「日本人ですか?」
とても流暢な日本語で話かけてきた。
「そうですよ。日本語喋れるんですか?」
「少しだけですね。」
それを機に彼とはよく喋った。彼が
「今からユースホステルのみんなでフィレンツェ巡りますが一緒にどうですか?」
好意のある言葉をかけてくれた。しかし私は、
「一人のほうが自由に回れるからいいよ。」
ちょっと大人な意見を言っていた。そんな自分が成長したなと感じて嬉しかった。
彼は残念そうに
「そうですか。一緒のほうが楽しいのに。俺はずっと姉ちゃんと一緒だから大変なんですよ。早く帰りたいです。」
「姉ちゃんなの?」
「そうです。姉ちゃんなんです。明日ローマに行ってやっと戻ります。」
そう言いながら彼はバタバタ部屋を出て行った。
彼らが部屋を出た後、部屋の鍵を忘れていたので私は走って彼らを追いかけて行った。すると丁度彼も走って上へ上がってきていた。
その後、再び彼とはお別れし私は部屋へと戻り準備をした。

2010年4月12日月曜日

植物

引っ越しに伴い、植物仕入れました。
俺よりも身長の高い「黒ゴム」
ちょっと変わった「ユッカ」
新芽がドンドン生えてきている「ベンジャミン」
いまいち水やるタイミングと量がわかんないけど大事に育てます。
元気よく育ってくれたらいいんですけどね〜。
西区にある「サングリーン」さんに協力していただきました。
最高の品揃えでした。

2010年4月8日木曜日

オレンジ #21

夜のフィレンツェの町へ繰り出す事に。
石畳の迷路のような路地を抜けある一軒のbarへ辿りついた。
このお店も窓越しにお客さんがたくさんいるのが見えた。中に入ってみると人が入りきれないぐらい繁盛していた。
奥の席が偶然空き、その席に座る事にした。席と言っても丸いテーブルに相席だ。
前、後ろ、横からと様々なところからいろんな国の言葉が飛び交いみんなでビールを飲みながら騒いでいた。私たちは席に座りビールを頼もうと思ったが忙しすぎてなかなか注文ができない。
長い時間待った後、注文する事ができた。
しばらくするとビールが届いた。かなりデカイジョッキで750〜1リットルぐらいはあるのではないだろうか。
飲んで見るとこれがまた濃い。始めは違和感があったが徐所に慣れてきた。
その後2時間ぐらいこの濃いビールを飲みながら話をした。
話をしているとよく横からいろんな人が絡んでくる。
「お前の飲んでるビールはドイツ産じゃないから駄目だ。俺の飲んでるドイツ産のビールを飲んで見ろ。」と飲ませてきた。
確かにうまいがそんなに変わらない気がした。一応、頂いたのでうまいうまいと言っているとすごく機嫌良さそうに飲んでいた。
他には14、15歳ぐらいの少年もビールを飲んで酔っぱらっていた。何でもありだった。
そんな感じでこのビールバーの騒がしいお祭りを楽しんだあとナオさんが「せっかくだったら日常の生活を見せてやるよ。」とナオさんの家にお邪魔する事になった。
少しほろ酔い気分で再び石畳の町並みを抜けて家へと向かった。
家に到着するとまず入り口のドアからすごい。映画のような木の大きな扉だ。取手は金といった感じだ。中に入ると石の螺旋階段を5階ぐらいまであがり家へ到着。築100年のため、もちろんエレベーターはない。この辺りの家は築100年でも新しそうだった。
部屋の中はアンティークだらけ、日本でアンティークの物を買って部屋に置くのとはまた違う。家その物がアンティークであり、それが自然体なのだ。今回の旅で学んだ一つの大きな事だ。自然体という言葉の重さとその自由さ。
日本に帰ってからも大事にしたい事だ。

また部屋には往年の名作のイタリア車が並んでいた。
チネリ、ダッコルディ、ロッシンだ。ナオさんはイタ車好きでかなりのこだわりがあった。その後は自転車の話で盛り上がり4時過ぎまで飲みながら話を続けていた。
その後夜中のフィレンツェを早足でホテルまで戻った。