2010年3月7日日曜日

fabien☆

フランス出身のファビアンが来福。
実はファビアンとは会うのは今回が始めて。
後ほどオレンジでも出て来ますが、パリでずっと俺をアテンドしてくれたジェレミ、オリビエ、アランの友人で福岡に来ると言う連絡をいただいたので今回は俺がファビアンをアテンド。
旅先でいろんな人にアテンドしていただいて普段観光では経験できない事をさせていただいたので今回は俺がお返しという事で、考えた結果本人の希望により飲み。博多を教えると書いてヒロミチと名前の通り博多の楽しい夜を満喫しました。
1件目は櫛田神社の目の前にある先輩が働いている「博多べい」
ここの馬刺、壱岐牛のステーキ、ゴマサバ、全て一級品です。
最高にうまいので是非足を運んでみてください。
ファビアンは日本酒ばっかり(笑)
その後ミツバチ経由のcafe tempoへ。
ここもいつもお世話になっている先輩のお店。
みんな酔っぱらって気づいたらショットで乾杯。
急な誘いにも関わらずみんな来てくれてありがとね☆
ファビアンは現在渋谷のチーズの会社で働いていて実家はフランスでチーズ屋を経営。3代目チーズボーイです。うまいチーズが食べたい時は是非ファビアンまで。

その後はモリ氏の友人の誕生日会にお邪魔。
半端ない誕生日会行われていました(笑)

結局朝方まで飲んで家に帰ってファビアンがまた飲もうという事になり家でも飲む事に。
二人ともかなり酔っぱらっていながらもまた飲んでました(笑)
次の日早起きして遊びに行こうと約束していたもののもちろん起きれるわけもなく遊びに行けず、軽くドライブのみ。
その後駅まで見送りしてファビアンとサヨナラしました。

いままで以上こういった遠くから来る人に対しての気持ちがわかるようになったのが改めて旅にでてよかったなと思いました☆

2010年3月5日金曜日

オレンジ #12

いつもだとノースのGORE-TEXウェアを着ているのだがこんな時に限ってYHのロッカーに置いて来ていた。それに追い打ちをかけるかのように友達から旅の餞別でいただいていたPUMAのお洒落折り畳み傘をバックにいれていなかった。そして極めつけには着ているものはダウンと最悪の雨の状況だった。私はしばらくしたら雨は止むだろうと思い、雨宿りも兼ねて、サン・ピエトロ寺院へ入る事にした。寺院に入るためにはジャケット・バッグ・ポケット内全てセキュリティの手によりチェックされた。私のベルトに反応して何度も何度も引き止められた。
ゲートを通過したあと、寺院の中へと向かった。その寺院は天井がとても高くそしてなによりもその空気感に驚いた。冷たく張りつめた緊張感と人々の優しさに包まれたような暖かさも兼ね備えたそんな空気だった。
サン・ピエトロ寺院は世界に約11億人いると言われているカトリックの総本山。
324年に聖ペテロの墓の上に創設され、歴代の教皇が葬られている場所だ。その他イタリア・ルネッサンスを代表する建築物としても名高い。
私は奈良の天理にある天理教の総本山へは行った事があるが、日本の木の文化とは真逆の石の文化でのこの建物はとても魅力的だった。
悩んだ時に椅子に腰掛け絵を眺めながらただそこにいるだけで天からの声でも聞こえてきそうだった。
寺院をでて外を見ると先程より雨が強くなっているではないか。このままではどうしようもないと思い、私は諦めて傘を買う事にした。ダウンが濡れてしまってはこれからの旅にも支障がでるし、なにより乾かすのが面倒だった。観光スポットでは黒人がすぐに傘を売りにくる。天気にあわせて違う物を販売していて、晴れていればおもちゃ、雨が降れば傘。
1人の黒人が声をかけてきた。
「傘いらないか?」
「いくら?」
「5ユーロ。」
「高すぎる。3ユーロ。」
「嫌。だめだ。4ユーロ。」
「じゃ、いい。」
「わかった!3ユーロでいい!」
といったやりとりで値切る事に成功した。それでも高いと感じていたが、私もなくては困ったためその値段で納得した。そして今にも壊れそうな傘を使い、雨の街を歩きだした。

2010年3月4日木曜日

オレンジ #11

32番のバスに乗り込んだ。しかし、日本と違い整理券のようなものはなく、どこから乗ったのか証明するものが一切ない。周りの人の動きも見たがみんな動きはない。乗客は黙って自由に好きな場所でお金を払わず降りていた。
私はイタリアのバスはタダなんだという認識をした。この国はなんて住民に優しい国なんだとこの国のあり方に感心していた。先程のメトロがどこまで乗っても1ユーロと安いから、バスがタダでもおかしくないと思い、ドンドン使おうと私の中で決定した。しかしこれには後ほど思わぬ落とし穴がある事を聞かされた。
無事にバス停を降りたがここでもいまいちマップをみてもわからない。
とりあえず歩こう。
YHを探し20分ぐらいさまよっただろうか。それらしい建物を見つける事ができた。中に入るとスタッフが誰もいない。ここは14時入室OKで私が到着したのが13時半だったため誰もいないのかもしれない。私は時間があったためYHの向かいあるバールで少し休む事にした。お腹が減っていたためピッツァを頼んだ。イタリアで始めて食べたピッツァは生地が固くて具がなかった。でもお腹がすいていた私にとってはすごくおいしく感じた。
軽く食事をすませ、時間になったためYHへと向かうと今度は2名のスタッフがいた。ピアスがめちゃくちゃ多いチャラチャラした兄ちゃんとサッカー選手にいそうな方だ。
私はこの兄ちゃん達と世間話をし手続きを済ませ、6人部屋のドミトリーである自分の部屋へと向かった。
私の部屋は23ROOMでこのYHの中で2番目に遠い部屋だ。部屋は前日のボロさとはまた違い、囚人の部屋のようだった。この部屋だけ冷房がかかっているのかと思うぐらい寒かった。
この部屋は誰一人として泊まっている気配がなかった。
一人でこの部屋にいるのはきついし、何も楽しみがない。このままでは駄目だと思い、部屋を出る事にした。
そう思いOTTAVIANOから比較的近いヴァティカンへと向かう事にした。本当は明日ゆっくり回ろうと考えていた場所だった。早速タダバスへと乗り込み移動した。バスでヴァティカンまでは乗り換えなしで行く事ができた。
バスを降りてしばらく歩いていくととてつもなく広い広場が目の前に現れた。
大きさを表現すると山門高校のグランドの4、5倍はあるだろうか。私の母校である山門高校のグラウンドを知っている人は数少ないだろうから別の物に例えよう。
瀬高中学校のグランドの・・・。悪ふざけはここまでにして、福岡ドームのグラウンドぐらいはある広場だ。
ローマに来てからは巨大な物に対しての感動の連続だった。都会の場所にこれだけ巨大な広場で巨大な建物がどんどん出てくる事に驚いていた。
しばらく広場を見渡しているとどんよりとした空から雨が降り出してきた。

つながり

僕の人生の中で何が一番好きかというと音楽、アウトドア、ファッション、女の子、酒、仕事、どれも違って僕が一番好きなのは「人」です。
人と人とつながりそしてその人に対して愛を持って接する。
簡単そうで難しい。でもそれが僕は一番幸せです。
そうやってこの先もやっていけたらなと思っています。
改めてそう感じました。

2010年3月3日水曜日

RECOMMEND

すごくいい曲です。
なんかジンワリきました。

2010年3月2日火曜日

オレンジ #10

そろそろ宿を探しておかないと危ないなと考えYHまで行く事にした。場所はローマ中央から離れているため、なるべく中央は先に回っておこうと思い回りたかった場所を回る事ができた。トレヴィの泉から一番近いBARBERINIのメトロへと向かった。メトロ入り口にある大きな木がこの街の景色に溶け込んでいたのがすごく印象的だった。
イタリアはスリが多くその中でもメトロでの発生率が高いという事も知っていたため少し臆病になっていた。できれば乗らずに歩いていこうかとも考えていたが行ってみなければ始まらないと思い地下に潜る事にした。
まずチケットの買い方がわからない。私はやる気のなさそうな女性スタッフに声をかけた。
「OTTAVIANOまで行きたいのですが・・・。」
彼女は面倒そうに
「1ユーロ、そこの自販機ね。」
私は言われるがままそのチケットを買った。そのチケットには場所も書いてないし本当にあっているのか不安だったため、再度彼女に聞いてみると面倒そうに頷いた。
イタリアの人は結構適当な所が多い気がしていた。空港の税関ではパスポートを投げてきたし。
とりあえず改札を抜け、更に地下へ降りて行くとかなりダークな雰囲気が漂っている。
これはスリがあってもおかしくないなと感じた。日本の地下鉄と比べ、照明も暗かった。私はここでも日本での先輩の教えを忠実に守りチケットの刻印機を探したが見当たらない。という事は大丈夫だろうと思い列車を待った。
テルミニ方面とは逆だという事はわかっていたのでその逆方向の列車に乗った。
列車に乗り込み若干緊張気味だった。怪しそうな人がいるとこいつはスリなのかと疑ってしまっていた。そう思っていると周りがほとんどスリに見えてきた。
私が乗り込んだ時、乗客がみんな見てきた。「よし!カモだ」と思われたのかそれとも物珍しかったのだろうか。
メトロで目的地までは約10分。その間におもしろい光景を見る事ができた。いきなりバイオリンを弾きながら列車の中を歩いているおじさんがいるではないか。日本では絶対にありえない光景だ。私はしばらくそのおじさんを観察していた。するとその中年のおじさんは演奏が終わると今度は小銭入れを広げ金をくれと乗客に対して要求し始めた。なんてめちゃくちゃなやつなんだ。しかしそうまでしてお金を作るという事に関してはこのおじさんは凄いなと感心もさせられた。
その後私は無事OTTAVIANO駅へと到着した。地上に出てホテルのマップを広げ、次の課題「バスに乗る事」をむかえることになった。ここでバスも乗れば私はイタリアの公共交通機関をほぼ制覇したも同然だ。メトロをでて北にあるバス停で32番のバスに乗れと書いてあったのでそれを探し始めた。しかしそのメトロの出口は4つ角で4方向にバス停がある。これではどっちが北かわからない。私はバス停を何個か歩いて調べている途中にいい事に気がついた。私が付けている時計にはコンパスがついているのを思い出し早速その機能を使ってみる事にした。
北への道のりをNAVITECが示してくれた。それに従いバス停へと向かった。
バス停に到着するとしばらくして32番のバスが来た。

2010年3月1日月曜日

オレンジ #9

ドラクエの町でグラディエーター気分を楽しんだ後、次はトレヴィの泉に向かう事にした。歩き続けていると次々に巨大建築物に遭遇した。その一つが白く巨大な建物で先程までの古い建築物と違い比較的新しい建築方式で建てられていたヴィットリアーノだ。ここは初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世がイタリア統一を記念して1911年に完成させた建物。2000年末から約30年ぶりに一般公開がされたとの事。
私は中に入ろうかとも思ったが、外から見るだけで美しいためそれだけで満足していた。
その後地図を頼りに進んでいたがよくわからなくなった。
ただ歩いてひたすらトレヴィを探し歩き続けていると疲れとトイレが限界にきたため、barに入って少し休む事にした。
ここでもとりあえずカプチーノ。私はイタリアに来てカプチーノしか頼んでいなかった。むしろカプチーノの注文は当たりはずれはそうないだろうと思い、頼んでいたのもある。
イタリアにはあちこちにbarがあり、バールと発音するようだ。日本でbarと聞くと夜のイメージがあるがこっちでそんなイメージは全くなかった。日本でいう喫茶店と同じだ。ありとあらゆる所で見かける。
カプチーノを頼み急いでトイレへ駆け込みなんとか間に合った。カプチーノで一息つき次の目的地までの道を再確認し、おおよその道は頭の中に入った。お店を後にし再び歩き始めたのだが小さな道が混在していたためかなりわかりづらかった。
その中でも一番大きな道を目安に進んだ。道路沿いに露店の列があったためその道に寄り道しようと思い、細い道へ入り込んだ。ただ露店を見たくて入っていっただけだが奥に行くに連れて騒がしくなってきた。奥に進めば進む程人も増えてきた。何があるのかこのまま先まで進んでみようと思い進んで行くと、なんと目の前に現れたものは私が行きたいと考えていたトレヴィの泉だった。
偶然にも辿りついたのだった。むしろ予想ではこの場所ではなかったが結果オーライという事だ。
トレヴィの泉はよく雑誌等で見ていたがこれほどまで大きく迫力のあるところだとは思わなかった。山の写真と同じように生と写真は全く別物だった。
なんでこんな美しい物を作れるのだろうか、不思議に思うしかなかった。トレヴィの泉は後ろ向きでコインを投げ入れると、再びローマを訪れる事ができる、という言い伝えが有名な場所で沢山の観光客が投げ入れるフリをして写真を撮っていた。しかし実際には投げ入れる事ができないようだ。あまりにも観光客が多いため規制しているのだろう。
この場所はローマに来たなら必ず見る場所の一つでローマを代表するそんな場所だと感じた。