2010年3月3日水曜日

RECOMMEND

すごくいい曲です。
なんかジンワリきました。

2010年3月2日火曜日

オレンジ #10

そろそろ宿を探しておかないと危ないなと考えYHまで行く事にした。場所はローマ中央から離れているため、なるべく中央は先に回っておこうと思い回りたかった場所を回る事ができた。トレヴィの泉から一番近いBARBERINIのメトロへと向かった。メトロ入り口にある大きな木がこの街の景色に溶け込んでいたのがすごく印象的だった。
イタリアはスリが多くその中でもメトロでの発生率が高いという事も知っていたため少し臆病になっていた。できれば乗らずに歩いていこうかとも考えていたが行ってみなければ始まらないと思い地下に潜る事にした。
まずチケットの買い方がわからない。私はやる気のなさそうな女性スタッフに声をかけた。
「OTTAVIANOまで行きたいのですが・・・。」
彼女は面倒そうに
「1ユーロ、そこの自販機ね。」
私は言われるがままそのチケットを買った。そのチケットには場所も書いてないし本当にあっているのか不安だったため、再度彼女に聞いてみると面倒そうに頷いた。
イタリアの人は結構適当な所が多い気がしていた。空港の税関ではパスポートを投げてきたし。
とりあえず改札を抜け、更に地下へ降りて行くとかなりダークな雰囲気が漂っている。
これはスリがあってもおかしくないなと感じた。日本の地下鉄と比べ、照明も暗かった。私はここでも日本での先輩の教えを忠実に守りチケットの刻印機を探したが見当たらない。という事は大丈夫だろうと思い列車を待った。
テルミニ方面とは逆だという事はわかっていたのでその逆方向の列車に乗った。
列車に乗り込み若干緊張気味だった。怪しそうな人がいるとこいつはスリなのかと疑ってしまっていた。そう思っていると周りがほとんどスリに見えてきた。
私が乗り込んだ時、乗客がみんな見てきた。「よし!カモだ」と思われたのかそれとも物珍しかったのだろうか。
メトロで目的地までは約10分。その間におもしろい光景を見る事ができた。いきなりバイオリンを弾きながら列車の中を歩いているおじさんがいるではないか。日本では絶対にありえない光景だ。私はしばらくそのおじさんを観察していた。するとその中年のおじさんは演奏が終わると今度は小銭入れを広げ金をくれと乗客に対して要求し始めた。なんてめちゃくちゃなやつなんだ。しかしそうまでしてお金を作るという事に関してはこのおじさんは凄いなと感心もさせられた。
その後私は無事OTTAVIANO駅へと到着した。地上に出てホテルのマップを広げ、次の課題「バスに乗る事」をむかえることになった。ここでバスも乗れば私はイタリアの公共交通機関をほぼ制覇したも同然だ。メトロをでて北にあるバス停で32番のバスに乗れと書いてあったのでそれを探し始めた。しかしそのメトロの出口は4つ角で4方向にバス停がある。これではどっちが北かわからない。私はバス停を何個か歩いて調べている途中にいい事に気がついた。私が付けている時計にはコンパスがついているのを思い出し早速その機能を使ってみる事にした。
北への道のりをNAVITECが示してくれた。それに従いバス停へと向かった。
バス停に到着するとしばらくして32番のバスが来た。

2010年3月1日月曜日

オレンジ #9

ドラクエの町でグラディエーター気分を楽しんだ後、次はトレヴィの泉に向かう事にした。歩き続けていると次々に巨大建築物に遭遇した。その一つが白く巨大な建物で先程までの古い建築物と違い比較的新しい建築方式で建てられていたヴィットリアーノだ。ここは初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世がイタリア統一を記念して1911年に完成させた建物。2000年末から約30年ぶりに一般公開がされたとの事。
私は中に入ろうかとも思ったが、外から見るだけで美しいためそれだけで満足していた。
その後地図を頼りに進んでいたがよくわからなくなった。
ただ歩いてひたすらトレヴィを探し歩き続けていると疲れとトイレが限界にきたため、barに入って少し休む事にした。
ここでもとりあえずカプチーノ。私はイタリアに来てカプチーノしか頼んでいなかった。むしろカプチーノの注文は当たりはずれはそうないだろうと思い、頼んでいたのもある。
イタリアにはあちこちにbarがあり、バールと発音するようだ。日本でbarと聞くと夜のイメージがあるがこっちでそんなイメージは全くなかった。日本でいう喫茶店と同じだ。ありとあらゆる所で見かける。
カプチーノを頼み急いでトイレへ駆け込みなんとか間に合った。カプチーノで一息つき次の目的地までの道を再確認し、おおよその道は頭の中に入った。お店を後にし再び歩き始めたのだが小さな道が混在していたためかなりわかりづらかった。
その中でも一番大きな道を目安に進んだ。道路沿いに露店の列があったためその道に寄り道しようと思い、細い道へ入り込んだ。ただ露店を見たくて入っていっただけだが奥に行くに連れて騒がしくなってきた。奥に進めば進む程人も増えてきた。何があるのかこのまま先まで進んでみようと思い進んで行くと、なんと目の前に現れたものは私が行きたいと考えていたトレヴィの泉だった。
偶然にも辿りついたのだった。むしろ予想ではこの場所ではなかったが結果オーライという事だ。
トレヴィの泉はよく雑誌等で見ていたがこれほどまで大きく迫力のあるところだとは思わなかった。山の写真と同じように生と写真は全く別物だった。
なんでこんな美しい物を作れるのだろうか、不思議に思うしかなかった。トレヴィの泉は後ろ向きでコインを投げ入れると、再びローマを訪れる事ができる、という言い伝えが有名な場所で沢山の観光客が投げ入れるフリをして写真を撮っていた。しかし実際には投げ入れる事ができないようだ。あまりにも観光客が多いため規制しているのだろう。
この場所はローマに来たなら必ず見る場所の一つでローマを代表するそんな場所だと感じた。

2010年2月27日土曜日

オレンジ #8

2階を1周するのにもそこそこ時間がかかるが気づいたら2、3周同じ所を回っていた。次に1階の内部を覗いてみる事にした。1階はかつて戦いのあった場所のすぐ目の前だ。そこでは地下の隠し部屋のようなものがたくさんあり細かく仕切られていた。多分この中に猛獣を入れ試合が始まると地上に放っていたのかなと。コロッセオ内には当時発見された猛獣の骨やのコロッセオのシステムを表したような模型も展示されていた。
私はグラディエーターという映画が好きで何度も見ている。この場所はその雰囲気を感じさせてくれた。もともと映画好きではなかったが、この映画は一度見てからずっと好きだった。最近ではよく映画を見るがグラディエーターはその中でもやはり素晴らしい映画だ。
私はコロッセオを十分に堪能した後、向かいの路店へ向かいコロナビールを買い、近くに腰掛け外側からのコロッセオをおつまみに贅沢なビールを楽しんだ。
コロッセオの隣にパリの凱旋門に似た建物がある。
これはローマに現存する最古の凱旋門、ティトゥスの凱旋門だ。それをくぐり200メートルぐらいだろうか。進んで行くとファロ・ロマーノというかつて政治が行われていた場所の遺跡があった。ここがまたとてつもなく広い。ファロ・ロマーノは坂が多く登ったり下がったりの繰り返しで大型パックを背負った私には登山でも行っているかのようだった。遺跡に関してはこれだけ綺麗に保護されているのに驚いた。
ある一種の町のようだった。例えるならば、ドラゴンクエストのような町があったのではないかと感じさせてくれる。

そして私は修学旅行生でにぎあっていた団体をすり抜け次の場所へと向かった。

2010年2月26日金曜日

オレンジ #7

念願のコロッセオへ到着したのは9時前でまだオープンしていなかった。早く来たせいか全く人がおらず、いるのはお土産屋が準備しているか鎧を着て剣を持って「写真とりましょう」という人達だけだ。私はコロッセオの周りに座り込み、ずっとコロッセオを見つめていた。しばらくすると少しずつ人が増え始めコロッセオの中に入っている人を見かけた。
私は入り口を探し出し、コロッセオの内部へと潜入した。
コロッセオの隣にあるフォロ・ロマーノと合わせチケットは10ユーロ。この金額が安いのか高いのかよくわからない。しかし、始めてここに訪れた人はフォロ・ロマーノとコロッセオで半日は遊べるだろう。
コロッセオに入り、外側の通路を看板の指示通りに進むとエレベーターもしくは階段があり、上へとあがることができた。階段は当時の石の階段でスロープがきついためみんなエレベーターを使っていた。私もその流れに便乗し2階へとあがった。そのまま進んで行くと柱越しに広がりのある景色が見えてきた。
ひらけた方へ向かって行くとそこには偉大な景色が目の前に現れた。
かなり大きくそして歴史を物語っている。かつて人々がこの場所で歓声をあげていたのが浮かんでくるような光景だった。私はただひたすら呆然と眺めていた。多分その時口を開けていたかもしれない。朝日が差し込み綺麗なコロッセオの中で感動して見とれているだけだった。
かつてこの場所で猛獣と人が戦ったり、剣闘士同士の殺し合いが行われていたり、今では考えられないような事が起こっていたと考えると不思議で複雑な気持ちになった。この場所で愛する人を戦いで亡くした人もいるのだろう。その人達が亡くなった場所がいまでは世界各国から集まる観光スポットになっている事を当時の人が知ったらどう思うのだろう。
今も昔も違う意味でコロッセオは人々を魅了し続けてやまない存在になっているのだろうと感じた。
2階を歩き始めいろんな角度から今自分が見ている景色を写真におさめた。
また私も当時の人に対する気持ちと自分の行動に矛盾はあった。

けんちゃん&ようこちゃん結婚式☆

ヨーロッパから帰ってきて怒濤の日々が続いています。
なかなかオレンジも更新できなくて他のブログも書けなくて。
たまにはオレンジ以外も書きますよ!

大学時代から友人のけんちゃん&ようこちゃん。
二人はいろいろあったけど遂に結ばれました。
本当に嬉しいです。けんちゃんは先輩だけど先輩というよりタメの友達みたいですごく気が合う仲間。
今は離れているけどいつも福岡に着た時は毎晩のように一緒に遊んでいる友達です。
また今回の結婚式は昔からの友人が集まってそれだけでも最高の結婚式。
数々のレジェンドを持つDAIZO氏等いつも一緒にいた先輩方が集合していました。
DAIZO氏とは車でノリで東京に行ったり数々のメモリーがあります。
今回のヨーロッパの旅で今回の結婚式のためにロンドンで購入したお気に入りのネクタイ。
親友の映像の魔術師松尾氏級のおもしろい映像を披露してくれたけんちゃんの先輩。

そしてけんちゃんが素晴らしいプロポーズをみんなの前で行いました。
奥さんが望んでいたプロポーズを。
私の目の前に現れて一輪のバラの花束を持って跪いて結婚しようという夢のようなプロポーズをみんなの前でした時は感動しました。
けんちゃんがプロポーズの事をずっと悩んでいた事も知っていたから、より感動しました。

その後はけんちゃんのおじちゃんによるめちゃくちゃおもしろいパフォーマンスで大盛り上がり。デカイ杯でみんなで絆をかわそうとの事で巨大おちょこ出現。会場にいたほとんどの方が飲んでました。
無事結婚式も終了し二次会も終了し、なぜか三次会は餃子のニノニ。
ここでは串山大先輩のオンパレードでした(笑)
けんちゃん&ようこちゃん本当におめでとう!!仲良くね☆
最高の結婚式でした☆

オレンジ #6

私は部屋に戻り、急いで支度をしYMCAへと向かった。YMCAへ迷いながら辿り着き、部屋の状況を尋ねたが空いていない。まさか空いていないとは思っていなかった。しかし、最終的にはYHに行けばなんとかなるだろうとも考えていた。YHの場所は調べていたが、遠い場所だったため、とりあえず現在地から近そうなコロッセオへ向かう事にした。
コロッセオへ向かう途中にもう一つ行きたい場所があった。サンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂だ。この教会のエピソードで356年、「今晩雪が降った地に教会を建てよ」との聖母のお告げを夢に聞いた当時の教皇リベリウスは、真夏の雪の奇跡があった場所にこの聖堂を建てたそうだ。今でも毎年8月5日には「真夏の雪」が再現されているそうだ。すごくドラマチックで夢のような話だ。
ホテルからしばらく歩くと広場についた。その広場こそサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の前にある広場だった。
サンタ・マリア・マッジョーレはとてつもなく美しく、一つ一つの作りが精巧で当時この建物を建てている時の人々の思いが伝わってくるようだった。初めての感覚だった。この美しさをどのように表現していいかはわからないが、これが私がイタリアで初めてみた歴史的建築物だった。実は私は夢中になり大聖堂の後ろ側を見て感動していた。途中で気づき、その後表側を見て、これが本物だなと再確認した。
その後、私はコロッセオへと向かった。昨夜ホテルでフリーマップをもらっていたためその地図をたよりに歩き続けた。なるべく大きい道路を目印にして進んで行く事にした。
しばらく歩き、少し疲れたためすぐ近くにあった公園に座りタバコ休憩をしていた。
すると一人の黒人のおじさんが近づいてきて話しかけて来た。「タバコくれ」私は強い口調で「NO」と言った。するとそのおじさんはすぐ私の側から離れて行った。
私は休憩をし、再び歩き始めた。ある遺跡が目につき近いなと感じ始めた。すると目の前に白くぼやけた特徴のある形が見えてきた。
コロッセオだ。
私は気持ちが高鳴り疲れを感じさせない早歩きになっていた。さすがに大型パックを背負ったままだったため走る事ができなかった。この時私は無心に逆光で白くぼやけたコロッセオへと向かった。